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2006年9月30日 (土)

野に咲く花のように

野に咲く花のように・カラスのように

カラスのことを考えてみよ。

まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。

それだのに、神は彼らを養っていて下さる。

Cosmos 野の花のことを考えてみるが良い。

紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだの事で思いわずらうな。

                

                ルカによる福音書

IWANAは、ただの葬式仏教徒だけど聖書のこの言葉が好きです。

そんな気分の朝です。みなさんいかがお目覚めですか。

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2006年9月29日 (金)

エルメス セザム

時計コレクション①  HERMES SESAME

SESAME つまり、オープン セサミ。「開けゴマ]というやつである。

子供の頃、オヤジの腕時計の裏蓋を小刀でこじ開けて驚いた。びっしりと詰まった歯車がシャキシャキと音をたてて動いている。美しかった。

そのうちオフクロの南京虫までこじ開けて裏蓋にキズを付けたから、もうオフクロの南京虫は隠されてしまった。

IWANAハ オトナニナッタラ ウデトケイヲカッテ ダレニモモンクヲイワレズニ トケイノナカヲミテイタイトオモッタ

Wh_1 「スケルトン」 時計好きなら必ず一つは欲しいと思う物。クォーツが時計の世界を席捲して、機械式時計を追いやってしまった様に見えたが、十数年前から、機械式の時計が、また人気を得ている。とりわけ高級時計の分野では、ムーブメントが足りないくらいだという。

街には時計があふれ、携帯だってなんだって時計が付いている。ほんとうは腕時計なんて必要ない世の中なんだけれど。

HERMES SESAME スイス ビエンヌの自社アトリエから生み出されるこの時計、スケルトンの透け具合がとても美しい。部品を極限まで削ぎ落とし機械に美しく彫刻が施されている。とりわけ裏側のHERMESのロゴが精密に切り抜かれたローターは最高の景色です。

この時計、某百貨店のワールドウォッチフェアで選んだのだけれど、クロノスイスのスケルトンは機械の極致を思わせる美しさが有ったし、ブルガリのゴールドは贅沢の極みだったけれど「コンナノ ツケテイタラ トモダチナクスヨナ」なんて思いながら、「一番地味なの」を選んだIWANAなのです。 

でもね、夜のお店のカウンターでは、とてもキラキラ光るのよね。お蔭で請求が少し高くなったような気がする、今日この頃です。

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2006年9月28日 (木)

金魚

Gf4

我が家で生まれた金魚です。裏庭の石うすの中で元気に泳いでいます。

大きな二匹は数年前に買って来た金魚です。とても大きくなりました。

小さな金魚は、去年の6月生まれた金魚です。

孵化させて此処まで育てるのって凄くないですか?

18匹孵化した金魚は全て育ちました。10匹は貰われていきました。今、8匹が元気に育っています。

全てはネットのおかげです。産卵に気づいたIWANAはネットで検索し親をポリバケツに隔離して産卵床を作ったりエアーポンプで空気を沢山送ったり・・・。孵化した金魚は共食いもなく、全て元気に育ちました。暇とインターネットがなかったら有り得ない事です。

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閑話休題

日本のブログは30万サイトを超えた、でもそのうちの半分は三日程で更新が止まっているそうです。

IWANAも三日はクリアーしたし、書きたい事も、マイドキュメントに下書きも沢山ありますが、ここ数日パソコンに向かいっぱなし・・・。少し疲れたので、今日は日帰り温泉にでも出かけます。L1000010

短くなった秋の日を、精一杯楽しんできます。人生はそんなに永くないような気がするから。

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2006年9月27日 (水)

オールドノリタケコレクション 2

オールドノリタケの時代というのは、母や父の時代そのものなのです。セピア色のアルバムでしか知らなかったその時代が、こんなにも色彩にあふれ、輝いていたとは。

これらを見ていると父や母が自慢げにその時代の事を語りかけている様な気がするのです。もっと話が聞きたかったと思う今日この頃です。

金盛りランドスケープボウル(エジプト)

N43 裏印 グリーン マルキ印 

明治41年頃(1908) 英国輸出向け

ランドスケープも英国向けのマルキ印となると一段と高級感が増す。英国へはディラーを通しての輸出であったが、ディラーの要求も高かったのだろうエジプト版のツリー&メドウ柄。この時代、列強の中東侵略によりエジプトブームが起こるが、これもそのトレンドをとらえた品。紫の空がとても良いオシャレな皿。

白鳥のいるツリー&メドウ カップ&ソーサー

N53 裏印 グリーン マルキ印 

明治41年頃(1908) 英国輸出向け

一段と緻密に描かれた英国向けのツリーアンドメドウカップ&ソーサー口縁部の黒のベースに金盛りの装飾が豪華。

コレクション①~③は オールドノリタケ 続きを読むにあります。

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コイズミくんへ

団塊のアーカイブス

ご苦労様、君はかなりやったつもりで颯爽と去って行ったのだけれど、君の改革で何人の人がこの世を去っていったことやら。

君の単純明快さが、君の分かりやすさが、とても危険なものだと感じ始めたのは何時の頃からだろうか。

保守党の利権に満ちた体質を、少しばかり壊した君は、確かにたいしたものだった。君が斬って捨てたものは良かったけれど、返す刀で一緒に斬ったものがいけなかった。

君は給食費を払えない親と子供の悲しみが判るだろうか。新聞が伝えるところによると首都圏では給食費を払えない家庭が急増しているのだという。これには、確かに「払わない」家庭も多くあるようだ、しかし・・・。

子育てがずっと以前に済んだ我が家では、とりわけ家計を知らない私は、給食費がまさか有料だなんて思ってもみなかった。この国は義務教育の子供から給食費を取るほど貧しかったのだろうか。

私たちの子供の頃は、給食費が払えない子は、黒板に書かれた。今思えば、随分酷いことを先生はしていたものだ。日教組だって今よりずっと元気だったのに。馬鹿な私は、黒板に書かれるのは「給食費が払えない子」だとは気づかず「給食費を忘れた子」だと思っていた。、少なくとも低学年の頃は。しかし高学年になれば、それがどういう事なのかは分かる。まして書かれた本人は痛いほどわかる。自分の名前が書かれた黒板に算数の問題を書かれて勉強になるだろうか。

いや、確かにあの頃は誰もが貧しかったし、貧乏はそんなに恥ずかしい事ではなかった。みんな貧乏だけど明るかった。でも貧乏は本当につらかった。

ダレモガマズシカッタカラダレモガイッショウケンメイダッタ。

ダレモガマズシカッタカラダレモガガンバッタ。

皆を貧しくしても、お金持ちはもっとお金持ちにすれば、誰もが一生懸命働いて・・・。社会が豊かになるというのが、竹中くんの理屈のようだが。驚く事に民主党の若手の中にも同じ考えの世代もいるのだけど。

総額で経済が膨らんでも大半の人が貧しい社会は、やはり貧しい社会というのではないだろうか。

いささか情に流されすぎかもしれないが、この豊かに見える社会で、「給食費が払えない悲しみ」は如何ほどのものだろうか、「給食費を払わない」を、君は道徳の荒廃というのだろうか。

給食費を払う気になれない腹立たしい社会なんて事を思ってみたことは無いのだろうね。いすれにしても「払えない・払わない親の子」の悲しみはあの頃の僕達と変わりないだろう。

極端な労働政策の改悪、労働力の非社員化、フリーターの増加、日常茶飯事となったリストラ。

自由化・民営化などといって18世紀以来の労働者の戦いの成果を、あっけなく壊した改革の、本当の姿が社会の随所に現れている。

過去の残照で未だ社会は明るくはあるが、もうすでに壊れてしまっているのだよ、世の中は。

年収300万社会なんて本が以前売れたが、今や、年収200万がやっとの社会なのだよ。コイズミくん。

アベちゃんはどうかな、美しい国になるのかな。景色だけなら何もしなくても美しいよ、日本は。そうか・・・。君たちが何もしないと美しいのだよニッポンは。

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2006年9月26日 (火)

ライカ デジカメ

ライカ LEICA C-LUX 1

デジカメなんて買うつもりはなかったのに、突然むらむらと物欲が沸き起こった。何年ぶりかで買い換えた携帯の凄さに驚いて、そのカメラの性能の良さに驚いた。「これだとデジカメなんて必要ないな」なんて思いながら。しかし携帯のカメラが、ここまで進んだのならデジカメもさぞかしと調べてみた。いやはや凄いことになっていたのですね。

小学校三年生の「スタート36」に始まって、並みの男の子の少し上ぐらいのレベルでカメラを買い換えてきたけれど、デジカメの時代になって、もうカメラなんかにコダワルのが馬鹿馬鹿しくなって、そうでしょう毎年毎シーズン新型が出て毎年画素数が増えて・・・消費者は電気屋さんの奴隷と化していく。これは電気製品の世界であってカメラの世界ではないと・・。

ビデオカメラがそうだったよね。たいして使ってもいないのにビデオテープが小さくなったと思ったらCDになってHDになって、なんだか知らないけどマタマタ小さくなって。とても大事に使うなんて問題じゃないんだよね。愛着なんて言葉は何処にも無い世界なのよね。30万円もしたビデオカメラが、コレクションにもならず、簡単に捨てることも出来ない、使われなくなったキャンプ道具と一緒にホコリをかぶっているのよね。

とても前置きが長くなってしまったけれど、ライカC-LUX 1 ガツーンとやられてしまいました。

ライカの赤バッチ・・たまりません。ここまでヤラレタのは久々です。たとえパナソニックのOEMだろうと、何もかも同じのバナの価格の1.5倍だろうとそんな事はどうでも良い事です。

このシンプルな形。これこそがドイツそのものです。カメラそのものです。正体は「あゆ」のカメラでも、似て非なるものです、これは。

正直な話、デジカメも此処まで進むと、性能は、そんなに変わらないんでしょ・・。よくわからないけど撮像素子やらエンジンやらも本当はそんなに変わらないのではなんて思ってます。パソコンだって今や値段の違いでグレードがあるけれどメーカーによる性能差なんてないよね。デザイン差はあるけれど。

デザインでカメラを決めるなんてガキだけれど、これって大事だよね。50過ぎた男の顔には、明らかに「来し方が」・「内面が」出るように、このライカは内面がでているのよね。これはデジカメの白洲次郎なのです。ライカのプリンシプルそのものです。パナソニックの技術者はライカのプリンシプル、高い要求に多くのものを学んだといいます。このプリンシプルという奴が大事なのです。男だってそうです。長々と書いたけれどライカを借りてこれが言いたかったのです。

「こんなのパナのOEMだ」なんて議論は心のマヅシイ人の議論です。だってライカのカメラなんて今は殆んどOEMなんだってよ、スペックの管理だけなんだってライカは。

ライカにトカゲのシール貼ってカスタマイズしたけれど、どうよ。オシャレになったけれど少し成金かな?そういえばライカの親会社、今はエルメスなんだって、トカゲ貼ったらエルメスになってしまったってか ? 俺ってツクヅク・・ミーハーだよね。

デジカメって良くなったよね、電池も長持ちするようになったし。

Leica_2

Leica_1

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ブロンプトンの自転車

ブロンプトンの自転車

古いイタリア映画なんかを見ていると、石畳の坂道を長いコートの裾を翻して男が車をすり抜けていく、サブリナパンツの美しい女が、高めのサドルにまたがりまっすぐに駆け抜けていく。そんなシーンがよくあります。車だって自転車だって、とりわけ自転車は相変わらず日本人には様にならない乗り物のひとつだ。勿論、決定的なのは足の長さなのだから、無理してサドルを高くしても信号で転ぶが前立腺を悪くするのがセキノヤマだろう。自転車はサドルが高くないと格好悪い乗り物なのです。さりはさりとて、短足ながらも、初老なれども、カッコイイ自転車が欲しい。

B1 ブロンプトンは英国を代表する自転車です。気品溢れるブリティッシュスタイルを彷彿とさせるブロンプトンはフレームから塗装まで全てロンドン郊外の小さな自社工場で手作りされています。日産2~3台ほどしか作られません。年間千台ほどしか作られない自転車が何故国を代表する自転車といえるのでしょう。

ブロンプトンの名は開発者のアンドリュー・リッチーが生まれたロンドン市内のBRONPTON VILLAGEから付けられました。有名なデパートのハロッズはブロンプトンロードとキングスブリッジの交差点にあります。

B2 ブロンプトンの素晴らしさは、ほぼタイヤの大きさまであっという間に折り畳めることです。

小径折り畳みにもかかわらず長いホイールベースのおかげで普通の自転車並みの乗りやすさを確保している事です。

なによりも乗り物としての伝統的な美しさ持っていることです。

そしてオリジナルのリアディレーラーと三段変速で充分な走行性を確保しています。

IWANAのブロンプトンには、ブルックスの皮サドルとツールバック、ハンドルにはブルックスの皮テープが巻かれ、泥除けさえもブルックスの皮製のものがおごられています。色はもちろんブリティッシュレーシンググリーン、あのロータスと同じものです。いやハロッズのグリーンというか、最近は三越のテントだってこれだし、まあ兎に角、イギリス気分の濃い緑色です。

マアトニカク、ワレワレダンカイノセダイガノルジテンシャハ、ブロンプトンガオススメ。という勝手なお話でした。

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オールドノリタケコレクション 1

出会いは、我が家から15分の神社で毎月開かれている骨董市でした。

Deco 美味しいコーヒーが飲める、なお且つ美しい、妙齢の、ギャルソン風の? 御婦人が淹れる、お気に入りの喫茶店への道すがら立ち寄った骨董市が、とんだ道草の始まりでした。

何時ものように冷やかして歩いてみたものの、ジャンクばかりでメボシイものはありません。近頃は古い着物がブームで骨董市にも御婦人が増えています。若い人にもブームで、マニアが沢山、古い着物を着込んで見せびらかしにお出ましでした。でもね、こういう女性って共通して化粧気が無いのね。ただでさえ汚い着物なのだからセメテ、髪は整えて、顔は薄くぬり、口紅は赤いものを引いて欲しいのよね、そうすれば僕だって、御婦人を木陰に誘い、人生について語ってみたい・・なんて妄想を膨らましながら歩いていると見つけたのですオールドノリタケを。

戸板一枚ほどのスペースに、まるで輪投げの景品のようにオールドノリタケが置かれていました。チープなデコが中心でしたが、これだけ沢山のオールドノリタケが出るのは珍しいことです。なかでもランドスケープ柄の花瓶とセロリ皿が目に付きました。思わず女ご主人にこれ幾らと尋ねていました、花瓶が五万、セロリ皿が一万八千円。幾らにしてくれる。これね家のお客さんのコレクターが宗旨替えして放出したものなのよ、その人、買ったときよりはるかに安い値段で出してくれてるの、6万でどう。わかった買うよ。衝動買いです。今おもうと少し高いような気がします。

銀行で金おろしてくるから売約済みにしといて。とはいえ少し迷って、兎に角コーヒー一杯飲んでよく考えてと思いつつ、美味しい、件の喫茶店でコーヒーを飲みました。コーヒーを飲んで冷静に成るどころか益々ココロが騒がしくなります。

美しい妙齢のギャルソン風の目の前の御婦人は手に入らないけれど、あのオールドノリタケは小さな勇気で手に入る、もう決まりです。

金を下ろして骨董市に戻ると、戸板いっぱいあったノリタケがありません。随分早い店じまいだなと当惑していると、今これ全部買っていった人がいるとの事。危ないとこでした。売約済みにしといた品は、戸板の上で一番輝いていたメープルリーフの裏印の物。きっとそのコレクターもこれが欲しかったに決っています。心の中にフワッと充実感が拡がっていきました。

バブルの少し前だったか、オールドノリタケが若い人にもブームになったことがあります。その頃の雑誌に紹介されていた物は、もう少し若い、戦前の物でレトロではあるけれどチープなものだったように思います。この春からノリタケにのめりこんで判った事ですが、こんなに素晴らしい世界があったなんて。

明治の日本の矜持・日本発ブランドの原点。オールドノリタケ。

このコレクションを始める半年ほど前に、ノリタケの明治期の画帳の写しを手に入れていました。当時のセールスマンがアメリカを持ち歩いた謂わばカタログです。素晴らしい物です。味気ない現代のカタログに比べて手彩色の金の盛り上げ等も施された素晴らしい物です。「ノリタケの商売の質」に感動すら覚えました。

日米の貿易の始まりは、名古屋のノリタケにそのルーツがあると書いた本があります。明治9(1876)ニューヨーク・ブロードウェイに「MORIMURA BROTHERS」の看板が上がります。日本の骨董、漆器・陶器・銅器・置物などを扱いますが、中でも陶磁器の人気に目を付けた森村は、明治17(1884)頃より自力で陶磁器のプロデュースを始めます。名古屋・東京・京都などの工場と契約し独自の商品を作り出していきます。ノリタケの素晴らしい歴史は一大歴史小説であり経済史でもあり、出来ればNHKあたりで大河ドラマの題材に、と思う今日この頃です。

なんて、浅学非才の小生がノリタケの歴史を書かずともネット上には素晴らしいホームページが溢れています是非、検索の上ご照覧あれ。

ささやかな小生の、されど渾身の思いを込めたミニコレクション。お代は頂きませんゆっくりとご覧ください。

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