2009年11月 7日 (土)

冬たちぬ、きみ生きめやも。

091107_003_2 おいおい、それって、「風たちぬ、いざ生きめやも」じゃないのか?って。それにアレって夏ではなかったのか?なんて、そんな事はどうでもいいから語感で言っただけで、今日は立冬だもの。

今日は朝から、おいおい、ときどき思うけれど、「きょうは」を変換しても「こんにちは」を変換しても「今日は」となるけれど、とりあえず今日は「きょうは」なわけで、今日は朝からアンティークカップの写真撮りを済ませて少し充実した気分で、カメラをフィールドコートのポケットにしのばせて愛車・ブロンプトンで公園にボタリングしたのだ。途中でお腹が痛くなったりしないようにウォッカをヒッカケテ出かけたのだけれどポカポカ陽気で飲酒運転気味だったのだ。

091107_005 秋といえば菊なんだけれど、オイラの目指すのは茶屋の「とうふ田楽」。今朝はなんとなく味噌がのった「とうふ田楽」が食べたかったのだ。

さて、10月の百貨店の売上が発表されて、たまらない程の前年対比マイナスだけれど、状況はマスマス悪くなりそうで、だからこんな時に少々の脅しに負けて会社を辞めたりしたら大変だぞって。まあしかし、オイラ、外野席ながら「百貨店ファッションの終焉」は抗う事でできない事実で「昨日の最適」は「今日の不適合」でファッションに走りすぎた百貨店は、もう取り返しが付かないところまで来てしまったと思う。

さてさて、紅葉も落ち葉へとかわり、森も冬のきざし。

冬たちぬ、きみ生きめやも。

091107_006

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 3日 (火)

文化の日。

091103 文化包丁

文化鍋

文化住宅。

そして今日は「文化の日」。

どこか昭和で、貧しさと隣り合わせの文化という言葉。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年10月31日 (土)

「川喜田半泥子のすべて」展を。

091025_001_2 さて、人間は、才能とお金と時間があったらナニが出来るだろう。

大方の人は、お金があってもナニも出来ないし、時間があってもナニもできない。そして才能があってもナニも出来ずに終わってしまう人も多いのが世の中だと思う。

しかし、才能も、お金も、時間も有り余るほど持ち合わせて、存分に生きた男がいた。川喜田半泥子(かわきたはんでいし)である。

091025_004 まあ、半泥子さんの詳しい事は、ネットで検索していただくとして。

団塊堂ちかごろは週末ごとに美術館巡りなどしていて、ナカナカ楽しいのであります。とりわけ、あの“バブルの時代”のお陰でご当地では美術館が充実していて、いや中身はともかくとして、バブル期の建物だけでも面白くて、トイレなんて最高に面白かったりするのだ。功罪いろいろあるけれど美術に関してはバブルは最高で、これを楽しまない手はないのであって、お金もかからないし、少し文化人気取りしたりして、妙齢の美しい御婦人を同伴したりしたら最高だと思う。いや最高です。

091025_003 さてさて、またまたM百貨店を辞めるS氏からメールが来て、遊ぼうというから、平日は仕事で駄目だと言ったら“よく仕事なんかしてる暇がありますね”ときた。シンチャンたら!、先月のメールでは、「あと二年、会社にしがみつきます。」なんて言ってたくせに。

団塊堂の上を行く数寄者のハズのS氏が「しがみつく」なんて“らしくない”よななんて思っていたけど、やっぱり辞表をだして、そうよ!シンチャン「泥舟の腐った蜜柑」の人生なんて棄ててしまえよ!!なんて、他人の不幸は“A Taste of Honey”だけれど、俺たちもっと違う人生があるのじゃないか?

091025_005 さて、シンチャン! 時間は死ぬくらい出来たし、お金は少し入るし、才能は・・・あるかどうかこれからジックリ見せて戴こうじゃないの。いや、オイラはこれで良いのだと、レコードと本に埋もれて死んでいくのも、かなり暗いぞ。

きっこぱぱさん・マッキーバーさん・熊さん、あなた方がお住まいの、岐阜県多治見市岐阜県現代陶芸美術館で12月23日まで開催の「川喜田半泥子のすべて」、素晴らしい催しだぜ。

こんなオシャレな人生があるのか。芸術というやつは遊びからしか生まれてこないな。才能もお金も時間も全て揃った男のすべて。オトコっていいよな!って団塊堂絶賛なのだ。オマエラ絶対みてこいよ!

冒頭の写真の額、波・和・遊 ハウ アー ユウ なんて、半泥子さんオヤジギャグかましたりして。

岐阜県現代陶芸美術館

091025_007_2 写真は、多治見市 虎渓山 永保寺。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年10月27日 (火)

ねばならぬ。

091027_002 すべてのコレクターの到達点は完集にあって、つまりこれと決めたものの完全なる蒐集であって、総ての種類の完全なる蒐集であったり、総ての時代の完全なる蒐集であったり、そのうち欠けている物があれば、それはあらゆる困難を排して手に入れねばばならないのであって、そのミッシング・リンクになっている種類の物が何処かに有ると知ったら千里の馬に乗ってでも行って手に入れるのだ。そして手に入れたら、ヘナヘナとその場で倒れこむ程の快感を得るものだけれど、手に入れたとたんに次のミッシング・リンクに向かって走りはじめるわけで際限がないけれど、際限の見えるような物ならばコレクションの対象としてはくだらない物なわけで、その人の器の大きさや人生の大きさが際限を決めるところもあってほとんどのコレクターはそのストレスにクタクターなのだ。・・・・なんてくだらないオチで御免。

団塊堂、“器の小さなお人”ですから、この程度で、そこそこシアワセを感じる今日この頃ですが、みなさん如何お過ごしですか。

新型インフルエンザのワクチンが来る前に大流行で、ワクチンって予防薬なわけで、我われ庶民は来年三月だなんて、マスゾエの仕事が如何に口先だけだったか思い知らされる今年の秋であります。でもね、6000円の予防注射なんて打つのかよ庶民は?6000円あったらロイヤルウースターの19世紀の手描きのアンティークカップが買えてしまうもの。

091027_001

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月24日 (土)

ROYAL WORCESTER CUP & SAUCER HAND PAINTED 1890

091024_001_4091024_002_6

 ・・・・ ロイヤル・ウースター(英)のボタニカルアートのカップ。ロイヤルウースターは、そのDATING TABLEによって一年単位で製造年を特定できるから気持ちが良い。 裏印のマークの下の小文字のaからこのカップは1890年(明治23年)製。

091024_006_2  1851年、第一回万国博がロンドンで開かれ、その後、パリ万博、ウイーン万博とヨーロッパは熱い万博の興奮に沸くことになります。時あたかも日本は、幕末・明治の大変革の時、これらの万博で、日本の工芸品は驚きを持って迎えられヨーロッパに日本ブームを巻き起こします。

シーボルトが持ち帰った日本の植物画は博物的興味のみならずヨーロッパの絵画表現に大きな影響を与えましたが、たとえば、世紀末のヨーロッパを席捲したアールヌーボーの流行を語るにはナンシー派のエミール・ガレなどに大きな影響を与えた日本の高島得三(北海)の植物画を見逃す事はできない。

091024_007 農務省留学生・高島得三がナンシー森林水利学校に入学したのが1885年、翌1886年にはガレと交友、ガレに日本の植物図鑑を贈ったりしている。この後1889年のパリ万博でガレは大成功を収めアールヌーボーは大きな潮流となります。

この時期のロイヤル・ウースター(英)には、日本の植物画に影響を受けた作品が多くみられます。フランスのアールヌーボーの流れが大きく影響を与えていた事は明白です。

このデミタス、清楚な野の花に金彩の縁取りを与えて華やかさを増しています。ソーサーの2つの花束はカップの花と連続しています。カップの正面と裏面で異なる二つの絵柄が楽しめる。ペインターのサインはカップとソーサー共に同一です。デミというよりキャビネットサイズのカップ。ミントコンディション。

091024_003 というわけで予告してからアップするのに時間をかけて恐縮。このところ素晴らしい物が続いているでしよう。団塊堂のアンティークカップ蒐集熱はマスマス上がっています。

さて、オールドノリタケに始まった団塊堂のアンティークカップコレクション、ここらで原点の日本の物にUターン致します。近代から現代の狭間の日本をアンティークカップを通して見てみたいと思います。

次は、明治期のニッポン物の、凄い物をアップ致します。これは団塊堂コレクションとしては正に快挙というべき物です。オールドノリタケファンの皆様にも、是非その節は、お立寄りいただきたいな。 なん茶って。091024_005_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月21日 (水)

M君が辞表を出した。

091021_002_2 さて、今夜の団塊堂、大いにシアワセな気分で、いやM君の辞表の事ではなく、松茸のお陰なのだ。

今夜は団塊堂、戴き物の松茸を丸ごと一本食べてシアワセ気分なのだ。たかが一本でもホグシテみると結構な量で、十年も前に、釣り仲間のスケベのスーさんの退職記念で、岐阜の東濃の鬼岩温泉で食べた一万円の松茸コースよりも遥かに松茸三昧で今も鼻の中に松茸の香りが漂っていて秋満喫なのだ。

さてさて、後輩のM君が、「セカンドライフ特別支援制度」などと聞こえはいいけれど、リストラに手を挙げた。彼の名誉の為に言っておくが、降参して手を挙げたという事ではなく、自らの人生を選択しなおしたという事で、M社のリストラなど遣り過す気になればナンという事もない。

091021_001 さて、団塊堂の場合、55歳過ぎであった訳で、しかし今回、M君は50歳手前。大変な事だよとオイラが呟いてもなんの意味もないけれど。沈みいく難破船の腐った蜜柑になるよりも、小金を持った失業者なんて自分の方が美しい、とM君が思ったかどうかは分からないけれど、オイラはそう思って、そうして今日に至ったけれど。

勿論その頃の日々は、眠られない夜も幾日もあったけれど、眠られない日は起きていればいいわけで、美しい朝焼けを発見したりして、今日この頃は、朝方の南東の空には流星が流れるそうで、シアワセも見つかるかもしれない。頑張れM君、これからが人生だぜ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月18日 (日)

悲しくて

091014_2 悲しくて

とても

やりきれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月14日 (水)

秋の日に。

090623_001 バンブの蚤の市へゆくには、たとえば地下鉄のサン・ジェルマン・デ・プレ駅からなら、四番線ポルト・ドルレアン行きにのり、モンパルナスで十三番線シャティヨン・モンルージュ行きにのりかえ、ポルト・ド・バンブ駅でおりる。三十分くらいだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気に入った写真が撮れたので、ブログを書いてみようと思ったけれど、ちょつと手にしたパリのガイドブックの文章があまりに雰囲気がよくて。

写真と併せると、ひとつの詩のようではないか。なんの意味もないけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月11日 (日)

肉まんの季節。

091011 アイスコーヒーのオーダーをホットコーヒーにしたのは、もう一ヶ月ほど前。今年、肉まんを始めて食べたのは昨日。今朝も買い忘れたパンの代りに肉まんが朝食。

パン屋の店先に、湯気がたつガラスケースが置かれて、肉まんが街に登場したのは、団塊の世代が中学生の頃。

通学路の、パン屋や駄菓子屋の店先には、必ずこの肉まんの湯気が立つガラスケースがあって、買い食いの禁止が生徒手帳にかかれていても、その湯気の誘惑に中学生が克てる訳がないではないか。

生徒会では、生活安全委員と文化委員を歴任の真面目で面白かった団塊堂も、この肉まんの誘惑には完全に降参で、通学路のヤマザキパンで肉まんを買い、城址の公園で、女の子の事やらエッチな話で大騒ぎしながら、アツアツの肉まんを食べるのが青春前期の大きな楽しみだったのだ。

肉まんといえば、近頃は圧倒的に「井村屋」なわけで、ピザまんやらカレーまん、近頃ではショコラまんやら“くまさんの肉まん”なんてものがあって肉まんは国民的補助食品といっていい。

肉まんの、市場での成長は、団塊の世代の成長とともにあった。なんて大げさなものでもないけれど、生活安全委員のヤマグチレイコちゃん愛称オリーブは元気だろうか。レイコちゃんは、ポパイのオリーブのように細くて背が高い女の子だったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 8日 (木)

長良川救済DAY

Toyoda_004 さて、肩透かしという表現が適当かどうか問題があるけれど、なんだか大騒ぎの割りに、大した事は無かった、台風18号だけれど、どういうわけか当地ではJRも名鉄も止まってしまい。今日は臨時のお休みを戴いてネットしていた団塊堂でありますが、なんだかアナウンサーが大変だ大変だと叫ぶけれど背景の樹木なんかは揺れていなかったりして、そんな報道を続けていたら本当に大変な時は「狼が来た」になるぞと、若い頃、田舎放送のアナウンサーだったりした団塊堂は、見え透いた中継に、若き日の自分を見るようで少し嫌悪の一日でありました。

さて、このデタラメな国も、民主党政権の誕生で、ようやく普通の議論が出来るようになったと思うのは甘すぎるかしら、しかし、そう思って今こそ解決しなくてはならない問題があると思います。

長良川河口堰・徳山ダム・木曽川導水路計画です。自民党利権政治の遺産であり全く馬鹿げた公共工事の典型です。とりわけ木曽川導水路計画は、いま中止することで巨額の税金の無駄使いを防ぐ事が出来ます。

団塊堂は、これは環境問題のみならず、経済問題であり社会悪だと思っていますが、まもなく「長良川救済DAY」というイベントが開かれます。参加しないまでも、是非下記のアドレスをクリックしてご覧戴きたいと思います。

長良川救済DAY

http://www.nagarask.com/090912day.htm

天野礼子の「環境と公共工事」

http://www.the-journal.jp/contents/amano/2009/09/post_86.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 4日 (日)

ぎふ信長まつり。

091004_004 「秋の信長まつり」、春の「道三まつり」、岐阜は歴史の街なのです。091004_008 あの「国取り物語」の斉藤道三が京から来て土岐氏から下克上で国を盗み金華山に岐阜城を築き、天下を目指した織田信長が岐阜城を拠点に天下布武を宣言して楽市楽座を開いた。

だいたい、これくらいは日本人の常識だと思うが、この度、団塊堂のお散歩コースの091004_003 岐阜駅周辺の整備事業が完成して壮大すぎるぺディストリアンデッキも完成して、「森」やらバスターミナルやらもベラボウに豪華に完成したのだ、なかでも圧巻はこの金の信長像いかにも派手ごのみの信長ではないか、信長像だけは市民の募金によるものだけれど、税金の投下額など名古屋駅前以上ではないか?と思うが、悲しいかな地方都市など税金以外では解決の方法はないのだ。

この壮大な駅前広場を団塊堂のコンパクトカメラでは写しきれないわけで、なかでも091004_010 今日は「第53回ぎふ信長まつり」という訳で写真を撮ろうにも人でいっぱいで撮れないのだ。駅から五分のところに住む団塊堂、こんなに岐阜駅が人で溢れているのを見るのは初めてというくら今日は人で溢れていたけれど、これは今回の信長役が、091004_007 岐阜市出身の俳優「伊藤英明」氏がという事が原因のようで凄かったのだ。

お陰でヒロインの「お濃の方」も敵役の「斉藤道三」もすっかり無視されてしまってサンザンだったのだ。

行列が柳ケ瀬に差し掛かるあたりでは、沿道警備の稚拙さもあって、「ヒデクン」目当ての御婦人の携帯カメラに包囲されてしまい、御婦人どもも一緒に行列に参加の有様。岐阜の目抜き通り神田町筋では、行列の隊列が崩れてしまい、フランスデモとなりカルチェラタンとなったのだなんて、懐かしいなフランスデモ・カルチェラタン。

まあ、そんなこんなの祭りの今日だったけれどお陰で良い写真が撮れなかったので、急いで家に帰ってF-1の中継を観たのだ。091004_009

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 2日 (金)

デルフト?コペンハーゲン?BOAT-FLOW Blue&White Cup & Saucer

091004_002 さて、ロイヤルコペンハーゲン風の裏印のデミタスだけれどロイヤルコペンハーゲンと言うにはマークにドットが足りない。デルフトあるいはデルフト風。と簡単に言うけれどデルフトはオランダでコペンハーゲンはデンマークで、平気で混同するあたりは韓国と日本を混同するくらい失礼な話かもしれない。そんな事で税金を湯水の様に使ってコペンハーゲンまで少し老人性のボケと頑固が混在し時々言葉が出てこなくなった知事が出かけてもオリンピックの招致は無理だし。日本では東京オリンピックへの賛成は80%だなどとデタラメを言う辺り招致委員会は北朝鮮並みだと思う。 なんて、品良くカップの事だけ語れば良い物を、091004_005_2 人生の終わりを汚しつつある慎タローの事なんか書くから下品になるけれどゴメンこれが団塊の世代の悪癖であり限界なのだ。団塊の星・世界のハトポッポだって「バカヤローなにがイマサラオリンピックだよ!」って思ってるはずで、東京なんて落選するに決まっているわけで、だから安心してコペンハーゲンへ出かけたわけで、開催が決まってしまったら党内からはブーイングな訳で、しかし慎タローって 奴は汚い奴で失敗は確実になったから、ハトポッポがコペンハーゲンに来なかったら皇太子のセイにしたいけどチョッとナニだからハトポッポが来なかったからだなんて言いかねないから、ハトポッポは行くだけ行ったわけで、これで慎タローのボケはもう、誰のセイニモ出来ないわけで、涙目なんだと思う。ハトポッポなかなかリオデジャネイロ!なんてあんまり意味は無いから適当に読み流していただきマドリード。

091004_003_2 17世紀中頃、スペイン・ポルトガル・イギリスと並んで東洋との交易に乗り出していたオランダ商船隊は他を圧しいち早く中国・日本と貿易利権を獲得し本格的な磁器をヨーロッパへ輸入する事に成功した。

16世紀はじめ錫エナメル釉陶器がイタリアからフランドル地方にもたらされ、やがてデルフト陶器と呼ばれるようになる。

オランダ商船隊によってもたらされた中国や日本の陶器はデルフト陶器に一大転機をもたらします。

さて、このカップ、そこはかとなく有田・伊万里の染付けを感じ、ソーサーの線描きなど極めて日本的である。とはいいつつ時代はセイゼイ戦前だと思う。手描きの帆船、ソーサーにはマルに十の字のエンボス。東洋の様で東洋で無く西洋の様で西洋では無い。

団塊堂、今夜も小さなカップを手にして、シ・ア・ワ・セであります。

091004_001

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月27日 (日)

八ツ場ダム「水没しないと困る住民」の不思議。

090926_002 釣り師というのは不思議なもので、実は他人が釣りをしているのを見ているのも楽しみで、面倒な竿は他人に持たせて、アイツは下手だの、そのポイントじゃ釣れないよなんて、口も育ちも悪い野村監督みたいに、ああだこうだと、ひとりゴチながらひねもす河原で過ごすなんて楽しみもあるのだ。

今年も落ち鮎のシーズンで、鮎というのは「年魚」で一年の命で(;湖などでは例外もある。)この時期に産卵の為に川を下る。この習性をいかして川に簗場をつくり川を下る鮎を一網打尽にするわけだけれど、さて、天下の銘川・鮎つりのメッカ長良川で今年も鮎を戴きながら考えた。

さて民主党の公約である、無駄な公共工事のさいたるものであるダム工事の、中止すべき案件の第一弾となる群馬の八ツ場ダム。その報道で不思議なのは、「ダム」を中止しては困るというの住民の一部があたかも総ての住民の声の様に報道されているけれど、水没しないと困るなんて「不思議な住民」というものの実態がナンなのかを「さるさる日記 きっこの日記」が詳しく書いているから9月24日の「きっこの日記 八ツ場ダム報道でヤラセ発覚」を検索してご覧いただきたい。

さるさる日記 - きっこの日記

環境問題をとりあえず除外すれば、ダム建設の合理性の判断は、水没住民の問題ではなく、その下流の住民にとって合理的であるかどうかなのであって、水没しないと困るなどという地元ジミントウインの主張などトンデモナイものなのだ。勿論建設に協力させられてハシゴを外された代償は支払われるべきなのだが。

さてさて、ダム工事には昔から暴力団はつき物で、補償金めあてにダム予定地に移り住んで大きな家を建てて、補償金を得たらそれを元手に次のダム予定地に移り住むなんてヤカラもいたりして、深くて暗い利権の世界だけれど、八ツ場ダムも、ここで中止しなければ更に永遠に無駄に税金が垂れ流される今後の問題でもあるのだと、民主党には一歩も後退することなく無駄な工事の中止を断行していただきたい。

近頃やたらヤカマシイ、超台風による「8メートルの高潮」が大都市を襲うなんて話題も、調べてみると「21世紀の後半に一度起こるかもしれない」という予測によるものだという。090926_001 これは公共工事の削減に往き場を失ったゼネコンの新しいキャンペーンではないのか!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月24日 (木)

ブログ開設三周年記念・パラゴンのカンカップ。

090924_002 私の好きなものを一言でいえば、甘ずっぱさのあるものということになろうか。なつかしいもの、やさしいもの。しかし、ただそれだけででなく、その中心に悲しみのようなもの、生きることの悲しみのようなものが混じっている、そういうものが好きだ。  金子国義

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、あれから三年になります。二度目の人生のスタートをしたはずの会社を辞めて、休業宣言をして、当分は求職活動もせずブログを始めるなんて宣言をして、家族だって内心オダヤカでは無かったはずだけど、とりあえず落ち着いて見過ごしてくれて。さすがに失業保険の給付期間を過ぎたあたりでは、自分でもオイオイこのまま失業者かよと慌てたけれど、ナントカ助けられて。090924_006

人の情けの横糸を得て、時の流れの縦糸に絡めて、ナントカ、「物」がたりを紡ぐ事が出来ました。ありがとうございました。

数字に追われるのは嫌だけれど、日ごとブログへのアクセスも増え、近頃では毎日150程のアクセスを戴いて、なによりこのアクセス数が持続のための大きな声援となりました。本当に、ありがとうございました。感慨ひとしおだけれど、マア、そんな事はさておいて、今日もアンティークカップうんぬんナノダ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

090924_004090924_005  パラゴン(英)のキャン・シェイプのカップ。年代は1919-1934年頃だろうか、パラゴンについては去年の夏、詳しくアップしたからマイカップのカテゴリーをクリックしてご覧下さい。淡いミントグリーンのボディに金彩の転写、見込みとソーサーの中心には花柄。花柄は筆が入れられハンドペイントもどきの演出。パラゴンの安物臭さはなく、団塊堂的にはグッドテイストで、素晴らしい物が手に入ったとご機嫌の今日この頃なのだ。

090924_007 大げさなシェイプのカップが多いパラゴンのなかにあって珍しいキャンシェイプ、何の変哲も無いシェイプが控えめで、派手な金彩の転写を淡いミントの色彩が抑えて、ライトの下ではソーサーの金彩がカップに写りこんでラスター彩のようでもあり美しい。見込みの小花など清楚なはずの貴婦人の太ももに見つけたタトウの様でドキッとするほど艶めかしい。サイズはデミタス。コレクションにはこの大きさがいい、普通の大きさのカップは生活臭があって良くない。19ドル95セント、人生は「お金」だけでもないと思う。

PARAGON  CUP AND SAUCER can BLUE CUP GOLD GILT

090924_003

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年9月22日 (火)

蒐集。

090922_2 そういう雑然たる、その大半がバカバカしく愚かしいものを部屋一杯あつめてみたとしてそれが一体なんになるのか、と生真面目に問い正されることは、私にとってはまことに困惑するほかないことで、事実それは別になんの役にも立ちはしないからなのである。

それでは何故そうしたガラクタを思い切って棄ててしまわないのかと言われれば、それは私にはきわめて答えやすいのである。なぜならそれらのすべてのものは、、この私の心に日々たまるストレスをカタルシスしてくれるものだからなのである。そういうものにかこまれて生きているということが、、私には心の和むことであるからで、他の人にとってそれがどういう意味を持つかは私のしったことではないのである。                                                                             

                                    梅田晴夫

なんて事をコピーしてみつつ、秋のシルバーウィーク、団塊の皆様いかがお過ごしでしょうか。今日はこれにて失礼。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月19日 (土)

黒猫待ち。

090919_002 さて、国交省の副大臣に辻元清美氏・馬渕澄夫氏が就任するなんて最高に傑作で爽快で政権交代とは、こういう事なんだと。

まあ国防では少し異論もあるけれど前原が徹底的に公共工事のデタラメにハンマーを振り下ろすなら大いに期待できるし、亀井郵政担当相も古いタイプながら、警察時代に徹底的に頑固に汚職摘発に頑張っていた青春が甦ったみたいで、亀井氏の主張は「古い」と言えなくもないけれどしかし政治とは血が通ったもので無くてはならないわけで、ここで「古い智慧」を存分に生かして欲しいとも思う。

なにより鳩山氏が中途半端な妥協を排して長妻氏を厚生労働相に据えたなど、大変だけれど国民は絶対に支持すると思う。090919_001

とりわけ今回は衆議院で絶対多数を得ているわけで来年の参議院で勝利すれば、もうマニフェスト実現の障害は官僚の抵抗だけで、官僚の反撃はカナリなものがあるけれど、これは世論で押さえ込むしかないわけで、しかし官僚とて自民党の利権政治にウンザリしていた良識派もいるわけで世の中は棄てたものではないなとおもう。

さて五連休、しかもオイラの給料日は昨日の18日、といいつつ、今月はアンティークカップのオークションで暴走して六個のカップを落札、カードの支払いは引き落とし日を跨いだはずだけれど、冷や汗。今日か明日にもパラゴンのカンカップが届くはずで、「黒猫待ち」の連休なのだ。

noteクロネコヤマトノタッキュウビンnote

写真のココロは、偽物の方が少しイイ男。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月13日 (日)

Antique Richard Ginori Rust and Gold Rooster Cup &Saucer

090913_004 リチャード・ジノリの赤い鶏のカップ。

どなたかのアンティークの本に、骨董屋の店先に飾られたジノリの赤い鶏のカップが気に入って、何度もタメライながらも我慢できずに手に入れた、それがアンティークカップ蒐集の始まりだったという事が書かれていて、なかなか趣味が良い人の本だったから、いつかオイラもと気にかけていたのです。そしてこの夏、26ドル27セント(米国内送料込み)で手に入れた。裏印から年代は1850-1903年の物。

090913_005 ジノリの赤い鶏は、現在も作られているデザインだけれど、お馴染みの和田泰志先生の「アンティーク・カップ&ソーサー」の28ページには、1745-65年の物が掲載されている。それによれば、二羽の鶏はジノリ窯より以前にシャンティーイで描かれていたもので、中国磁器由来のものとある。

さて、オイラの赤い鶏、ジノリのヤリカタは転写に少し筆を入れてハンドペイントを演出するワケだけれど、ペッタンコの転写に、鶏の鶏冠に濃い赤が加筆されている。磁胎は極めて薄く流石ジノリで高級感がある。

サテさて、ようやく残暑もおさまり、物思う秋。民主党政権の誕生と、一人孤高の戦いを続ける社民党のミズホタンの大人の判断に、すっかり怒りも納まって、満足の今日この頃、このままでは、満足したタダの豚となりそうで、豚になったら豚インフルエンザに罹患する可能性も増えるわけで、貧しい暮らしの日々でも美しいものを求める、痩せても涸れても暮らしのなかで美を実現すべき、いや、する事こそオイラの生きる意味ではないか?なんて、またユックリとアンティークカップの事なんか語っていこうと思うのです。

090913_003

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月10日 (木)

首都圏大地震は九月中旬以降。

090913_001 さて、ご当地は、すっかり秋空で、今日も朝から雲だけ見ていて、うろこ雲が筋雲にかわり、また、うろこ雲になり、一面に雲が広がり、そうそう、この季節は夕焼けも綺麗なのだ。

運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど そういうことって確かにあると あなたを見ててそう思う。 

無縁坂だったっけ? あると思うなそういうこと。でもオイラはどうか?って、まあ、そんな事は考えたってしかたない事で、そこそこシアワセだから、これでいいのだせいこの選挙区落選なんちゃって。

まもなく三年を迎えるオイラのブログも、今日めでたくアクセス数10万回を越え(携帯からのアクセスを含む・画面のカウンターの表示はPCのみ)感慨無量の今日この頃、みなさま、東海大地震への備えは大丈夫でしょうか?

思えば去年の今頃はジュセリーノ様の大予言でモチキリで、オイラもブログへのアクセスの急上昇をいい事に、少し東スポ的に意図してイヤラシイ魂胆でジュセリーノの話題をアップしたりして反省しきりだけれど、今日は今日とて、またまた「首都圏大地震は九月中旬以降」なんて情報を内緒でお届けしたいと思う。先日の静岡の地震といい近頃のテレビの地震速報などみていると、“いよいよだな”と思うのはオイラだけでは無いはずだから。

下記をクリックすると情報にアクセスできます。

NPO法人大気イオン地震予測研究会e-PISCO

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 6日 (日)

FRANZ Collection パンジーのカップ&ソーサー。

Franz_co_001 前回のブログにアップした写真は名古屋周辺で作られた戦前戦後の輸出陶器、ニッポン物、戦後アメリカ占領期のオキュパイドジャパン物の中でも最高の出来の物だと思う。

オールドノリタケのみならず名古屋・瀬戸・多治見などの陶磁器の産地を控える東海地方には面白い洋陶器の文化があった。あったと過去形なのが淋しいが研究テーマとして面白いと思うが、Franz_co_003 敗戦後の貧しい暮らしと、今の中国と変らないような卑しい粗末な物つくりの実態を知っている世代としては、自らの貧しい生い立ちを見るようで、嫌悪感が先にたつ。

さて、今回は面白い物を見ていただこうとおもう。あのオールドノリタケやニッポン物を思わせるカップです。アンティークカップではなくイマエモンでフランツコレクションなどと洒落ているが中国製なのだ。会社はサンフランシスコにあるけれど「フランシス陳」さんの会社で裏印のMADE IN CHINAはシールで剥がす事が出来るあたりは、相変わらずの奴等なのだなと思うけれど、質的にはナカナカでケッシテ安物臭さは無く上質感もあるのだ。Franz_co_004

一緒に送られてきたパンフレット等見てみると、アールヌーボー風でもあり、好みは分かれるが洗練も感じ、陶器の質もさすがチャイナの本家なのだ。オールドノリタケの、ニッポンモノの“いつか来た道”でもあり、馬鹿に出来ないなと思う。

今回も、本当にチャラチャラしたカップで恐縮。アラ還手前の男がこんなのを喜んでいたら、変態なんてソシリを受けそうで、そういえば、アンティーク趣味なんていうと、世間はホモっ気のある俳優か、コンプレックスの固まりの野球監督婦人みたいにしか思わないけれど、団塊堂、キワメテ普通の、少しヤンチャなだけのジイ様だということを念を押しておきたい。チャラチャラしたカップが、アンタを不愉快にしたのなら謝る、ゴメン。

FRANZ COZIES PANSY FLOWER DESIGN SCULPTED PORCELAIN CUP, SAUCER & SPOON SETFranz_co_002

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月 4日 (金)

アーシュラマ・四住期。

Toyoda_011 仏教では、人の人生には理想とすべき四つの段階があり、人は四つの段階を順に経るべきとされている。この四つの段階を四住期(しじゅうき)と呼んでいる。

第一の住期が、「学生期」がくしょうき、インドの言葉ではプラフマチャーリン、字の通り学ぶ時期であり禁欲生活の厳守の時期である。

第二の住期は、「家住期」かじゅうき・グリハスタ、すなわち家庭に留まる時期であり、祖霊に対する祭りを行い子孫を得る、つまりカーマ・愛欲が追求されるべき時期であり、かの「カーマ・ストーラ」はその指南書である。

第三の住期は、「林住期」りんじゅうき・バーナプラスタ。森林に行きそこで生活する。家長としての責任をはたしたら、家庭を離れて悠々自適の暮らしをする。

第四の住期、人生最後の住期が「遊行期」ゆうぎょうき・サンシャーニン(遊行者)、人生の最後は遍歴の旅にでるものなのだ、そうだ。

さて、団塊堂まもなく還暦というに、家住期で、カーマはカーマホームセンターへ金魚の餌を買いにいくけれど、林にも住めず、すでに本来はサンシャーニンで在るべきなのに、世俗の暮らしにアップアップで解脱(モークシャ)に程遠いけれど、総てはナカナカ結婚しない息子と娘の所為なのだ。

なんて、このところ豚インフルエンザ気味で、夜は朦朧としていて、しかしなんとか酷くは成らずに脱したようで、この軽く罹るというのが、かなり副作用が心配される新型インフルエンザのワクチンよりは有効なようなのだ。という支離滅裂な今夜の書き込みだけれど、苦し紛れのコピーネタで恐縮。とにかく眠いのだ。

写真はオキュパイドジャパン物のフィギュア。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«民主無血革命成る。