2009年7月10日 (金)

騙されたい人々。幸福を科学する人々。

090710 さて、創価学会が学会と称したように、あたかも宗教が科学であるかのように幸福を科学するという不思議な論理で、幸福になりたいと思う少し不幸な人たちに心地よい言葉を売る講演屋さんが何時のまにか総裁と称して、「であ~る。」なんて神がかりした様な語尾を特徴にしてほんの少数の人々をトリコニしているようで、近頃は幸福実現党などと名乗って朝の駅前でヤカマシイ。

創価学会が公明党で、オウム真理教が真理党で、幸福の科学が幸福実現党であっても、この国は信教の自由は保障されている訳で、この国ではサリンを撒いたカルトがイマダニ生延びていても、大理石の壷をトンデモナイ価格で老人に売りつけるカルトの団体に安倍元総理が祝電を送っていても普通の事だからまあとくに青筋をたてたりしない方が良い人と謂われる。

さて、オウムの事など思い起こしてみると、素晴らしく高学歴の皆さんが参加していて、こんな高学歴の医者やら科学者がなんでこんなと思ったけれど、それを彼らに言ってもなんら解決にはならない。

宗教がインチキでショーコーなんて詐欺師だって事は他人から説教されなくたって、とっくに彼らはわかっているのであって、つまり彼らは、カルトに参加する事で、社会的に自殺を志願しているのであって、騙されたい人々なのであって、学問とか真理とか科学と最も遠い世界で、本当を嘘として、嘘を本当として生きていたい人達なのだ。

しかし、騙されたい人達が勝手に集団で社会的死を楽しんでいるのはいいけれど、そこに何らかの作為が加わると、騙されたい人々が「騙す人々」に変異したりする。不幸の道連れでも沢山いると楽しいと勘違いできるし、自分だけが騙されているとそれはタダ騙されているという事だけれど、自分の後ろにモット騙されている人が続いていると、自分は騙されているとは思わなくなるのかもしれない。

さて、きのうまで、少し変だけれど訳のわからぬ美しい言葉を連ねた本を読むだけだったオトーサンやら、照明やら演出タップリの手品のような講演会に出かけていただけの主婦が、突然、親から貰った遺産を選挙事務所に寄付してしまったり、駅前で演説を始めたらどうだろう? 家族一同・親戚一同大騒ぎだろうね。そんなとき往々にして、悪いのは本当は一同の方だったりするのだけれど・・・。しかし、そして、その人達に、幸福は実現するのだろうか。

でも、団塊堂だって誰も遊んでくれなかったら、そうならない自信は無いかもしれない。夏になったら鳴きながら必ず帰ってくる、あのツバクロだって、何かを境にパッタリと帰って来なくなる事がある様に、オトーさんだって何かを境にパッタリと家に帰らなくなる事だってあるのだよ。

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2009年7月 5日 (日)

形の認識。

090705_002 夏は少し大ぶりの茶碗がいい。新潮文庫の粗品のパンダのマグカップやらアイアンストーンのアンティークのカップやら沢山あるはずなのに食器棚からカップが消えてしまうときがある。すべては息子の部屋に溜まってしまっていたりするのだけれど、そんなこんなで少し茶碗を焼いてみようと粘土を捻った。茶碗が欲しいといって粘土を買ってくる家もめずらしいかもしれないが、団塊堂はガラスだって陶器だって我が家で作るのだ。

陶芸の道具は、一通りあるけれど、これは、ガラス工芸のパートドヴェールの原型を油粘土でつくる為のもので、だから陶芸には肝心の電気で廻るロクロが無い。これはカナリ致命的で、粘土をキューンと捻りだして茶碗を引くなんて事ができない。回転台に粘土を載せて手捻りでやるわけで、機械で挽いた様な美しさが出ない。

この機械で挽いた様な美しさ、というのが今日のお題なのだ。手作りだとか手描きだとかをヤタラと有り難がる昨今だけれど、およそ陶芸の歴史とは、この機械で挽いたような工業的な美しさを追い求めてきた世界でもある様に思うのです。職人芸とは人間が、人の仕業とは思えない様な、つまり人間が精密な機械になった様な領域に達する事だという側面もあると思う。

さて、ツクヅク自分は駄目だと思う。手捻りで粘土をイジルのだけれど、マルがマルにならない、真直ぐが真直ぐにならないのだ。アノ形を作ろうと思っても、アノ形が出来ない。つまり、アノ形を知っているようで、実はアノ形の事は何にも知らないのだ。

さてさて、そんなこんなで、物を作るという作業は、何も知らないという自分を再認識して、叩き直す作業でもあるのです。

なんちゃって、「電動ロクロが欲しいぞ!」と小さな声でツブヤク、団塊堂の今日この頃なのです。

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2009年7月 1日 (水)

自民党の顔「そのまんま東」に大いなる期待。

Sonomanma 淫行やら暴行事件で芸能界に居られなくなった上に、女房にまで呆れられ逃げられた「そのまんま東」こと東国原英夫が“どげんかせんといかん”と思って専修大学卒業では足りないと思ったのか早稲田の二部に通って〔パンツ芸人・オチャラケ芸人〕からの脱皮を図った辺りはマア多少努力もあったわけで、宮崎あたりでは例えオチャラケ芸人でもかなり珍しいわけで、宮崎県知事に当選してしまって、宮崎県では猿にも投票させたなんて事は無いにしても、そのまんま東が“どけんかせんといかん”と言ったのは決して宮崎県の事ではなく自分自身の事であったのだと、この一週間の騒動で誰の目にもハッキリとしてウンザリな今日この頃、オチャラケ芸人にまでオチョクラレタ自民党員の皆様、気は確かですか。

「インコーをマンゴーに換えた男・そのまんま東」を、自民党の選挙の顔にしようという麻生の馬鹿のアイデアには呆れて物が言えないけれど、昨日あたりまで、淫行と暴行の「そのまんま東」を総務相にするという報道もあって、総務相といえば国家公安委員長を兼ねる訳で、そのまんま東が警察のアタマのアタマになるわけで、全国の風俗産業もビックリの麻生人事で、スワ赤線復活が狙いなのかと、期待して深読みしすぎてしまった団塊堂の今日この頃ですが、今夜はズイブンと下品である事をお許し下さい。いくらなんでも総務相はないよね。

サテ、脳死状態の自民公明政権だけれど、この一週間の“そのまんま東・そのまんま自民党”のテレビ露出は逆効果で、明らかに風は「反そのまんま東」に変りつつあるのに、「そのまんま東」が得票マシーンになると考える、空気が読めない自民党の御バカぶりには、大笑いで、是非、選挙ポスターには阿呆の麻生と元パンツ芸人の「そのまんま東」のツーショットを使って日本全国通津浦々までポスターを張り巡らしていただきたいと思う。

麻生の馬鹿馬鹿しさ・東国原の時々見せる暗黒の表情こそ、そのまんま自民党だと思うのです。

東って、マンゴー売った以外に何かしたっけ?

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2009年6月27日 (土)

高山市民は、東京都民より大阪府民より香川県民より偉いのだ。

090627_003 大きい方が偉いという考え方があるのなら、東京は大阪より大きいから偉いと思う。であれば、平成の市町村大合併で、岐阜県の高山市は、東京都よりも大阪府よりも、四国の香川県よりも大きくなって偉くなったのだ。近頃、調子こいてしまっている大阪の橋下君も、いまさらオリンピックの石原君も、少しは大人しく静かに高山市民にはコウベヲ垂れるべきだと思う。なんちゃってな今日この頃なのだ。

H21年の面積

高山市 2,177.67 K㎡

香川県 1,862.29 K㎡

大阪府 1,897.86 K㎡

東京都 2,102.95 K㎡

さて、そんな小学生みたいな問答を車の中で考えてみたりしつつ、今日も飛騨高山の荘川への釣行。09年 荘川・庄川 釣果 釣況などというキーワードで当ブログをお尋ねいただく例も結構あるようで。

カラ梅雨のお陰で、増水もなく、平水で川は極めて釣り易い状況。魚影もあり、団塊堂、今日も二桁の釣果。

先週の釣行で一色川との出会いの橋の下にカナリの魚影を確認して今日は朝一番ここを攻めるが。リリースサイズのアマゴばかり、大物はウグイ。餌入れ一杯のイクラを消耗して谷へ移動。お目当ての淵には先日の雨で大きな流木。仕掛けを手前から流し込みながらの釣り。岩魚の大物三匹をゲット。その後小さな落ち込みを探りながら、アマゴ混じりで二桁達成。勿論、その数倍をサイズ不足でリリース。片手に釣竿・片手にデジカメのピンボケ写真で失礼。

都道府県の面積

http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/200904/opening.htm

090627_001

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2009年6月24日 (水)

センス・オブ・プロポーション。

090623 お金を使うときは「身の程を知ること」あるいは「身の丈にあった使い方」が大切だと私は思っています。それも「自分らしさ」の一部なのです。

見栄を張って分不相応な買い物をする人は、あまり上品には見えません。お金の使い方にインテリジェンスが感じられないのです。

何にどれくらいのお金を使うのが「程よい」のかは、人それぞれです。収入によって、あるいは人生観によって、何に幾らくらい使っていいか、という線が決まります。

その「程のよさ」を知る平衡感覚「センス・オブ・プロポーション」といいます。「比率感覚」とでも訳したらいいでしょうか。

                  林 望 「帰宅の時代」

090623_001 団塊の良識・林望先生は、「自分らしく」暮らすための十カ条の、第七カ条 “身の程を知れ”のなかでそう説いて、昨今の不景気を、我々日本人がバブル期の成金趣味を脱し、抑制の効いた「身の丈に合った」お金の使い方を考える良い機会であるとしています。

さて、団塊堂の暮らしの「物」のホトンドをネットで晒した当ブログ、物欲の浅ましさを晒した様で。匿名だからといって始めたものの、近頃では、友人にも知れわたり、恥さらしのソシリを恐れつつ、しかし俺ってどうよ?って、「自分サラシ」の居直りの今日この頃、団塊の皆様いかがお過ごしでしょうか。

林望先生は、“私は、敢えて「清貧」ではなく「清富」でありたいのです。”と結んでおられますが。

たしかに、貧というには無理があり、富と言うにはマズシ過ぎるけれど、ここいらを富と感じる「程のよさ」こそ大切なのではと近頃思うのです。

090420_002 さて、季節は完全に真夏、「多治見のやまちゃん」に於かれましては、近頃、激務による檄痩せのご様子、命あっての人生ですぞ!とりわけ第二の人生では。

「大曽根のNさん」におかれましては相変わらず波乱万丈の毎日、生きるのに精一杯と言いながら逞しい貴兄、しかし、我々に平安の日々は訪れるのでありましょうか。

「東京のTさん」に於かれましては、相変わらず現役モードで、世の中という奴に怒りながら、アグレッシブに生きる姿に感動しつつ、もうそろそろ良いのではないかと思ったりもするのです。

「春日井のNさん」におかれましては、いよいよ故郷へのUターンを決意のご様子、貴兄も小生も互いに田舎者なれば、決してコンクリートやアスファルトの上に生まれたのではなく、土の上に生まれたのであります。土を耕しながら生きる、緑に水を遣りながら生きる。本当の生きるという事を教えて欲しいものであります。

さてさて、昨今の不況のなかで、団塊堂の仲間の誰もがオボレそうであります。50メートルの平泳ぎの最後の15メートル辺りでありましょうか。苦しくて溺れそうであります。でも、チカラを抜いたら人間は水に浮く物であります。とりわけメタボな我々は。

後は、タカダカ15メートルであれば、適当にタダヨイながらまいりましょう「1048様」。貴兄なんぞ飄々と、結構スマートに生きたのじゃないか? “程のよさを知る” 若い頃から、貴兄はまさに、そうだったから。

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2009年6月20日 (土)

高原のドライブ。

Hirugano_002 ときどき、意味も無く車を飛ばしたい時があって、そんな時、釣りは格好のお題目となって、実は釣りの往き帰りの独りのドライブはストレス発散には最高で、独りゴチながら、ジャズオルガンなんぞを思い切りボリュームを上げて聴くというのは団塊堂の密かな楽しみなのであります。車のボデイをビリビリと震わせてドンシャリのオーディオ鳴らすなんぞ暴走族の様でもあり下品ではありますが、独りのドライブは下品なドンシャリのチューニングが結構クールでイカスのであります。

さて、本当のところ今日は釣りにかなり勢い込んで出かけたのでありますが、家内に頼んだ餌のイクラが新鮮過ぎたのか、安物だったのか、針に付けてもポタポタと落ちてしまって釣りにならなかったのであります。思えばこの前、釣りに来たのは一年以上前の事であります。餌のイクラは、一度、冷凍して解凍すべきでありました、更に片栗粉にマブシテおくべきでした。ポタポタのイクラを岩の上に並べて風に当ててみましたが、解決いたしません。そんなこんなでボーズでありましたが、それでも帰りしな年間の鑑札をタイマイ五千円を叩いて購入するあたり、なんと紳士な釣師の団塊堂でありましょう。それもこれも橋の上から見た荘川は結構魚影が濃かったからであります。

わが愛車、今や潰れた会社のクライスラーの、スピーカーは確かボーズなのであります。これがイケナカッタのかもしれません。登り坂の往きは高速、帰りの下り阪は下の道というのが、団塊堂の考えるエコドライブ、高山市荘川町からの帰りは、蛭ヶ野高原から「奥美濃やまびこロード」という団塊堂お気に入りの快適な山道があります。

この山岳道路の緩やかなカーブが極めてタンゴ的なのだというのが今日の発見であります。少しブルーな今日この頃の団塊堂、ひさびさに香坂優の“抱きしめてタンゴ”など大音響で掛けてみたのです。これがナカナカ良いのであります。タンゴの緩急と山岳道路のカーブでのアクセルワークがピッタリなのであります。そして今の私のブルーな気分とも。

電話をくれれば カギは開けておくわ

淋しいあなたを 慰めてあげる

人生のウサを 私の胸に 落としてお行き

                          A MEDIA LUZ

Kohsaka

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2009年6月17日 (水)

「アンティークな椅子の時間」

Chairs_004 時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。(中略)おそらく時間には「物理的時間」と「人間の時間」とがあるのであって、ならばひとはひとの作り上げた「人間の時間」をもっと誇ればいいのだ。

 ある、蕎麦屋のご主人の言葉だけれど、いまひとつしっくりいかないところがあって、どう読み替えようかと、先日から考えていて、いまもしかし、いいフレーズを思いつかない。

「時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。」 つまり流れのなかの大石の様に、大石の存在によって流れが認識される様に。

置かれた、時代物の椅子の、存在自体が時間であり、「自分の時間」との差異こそが「時の流れ」というのではないか。

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2009年6月13日 (土)

エルボーグリース。

Chairs_002 「イギリスでは椅子にはエルボーグリースがいちばんというんです」。

エルボーグリースとは肘の脂。どんな油で磨くよりも、日常的に使ってやることに勝る手入れはないというのだ。

この言葉の背景には、人と過ごした親密な時間の記憶が椅子をより美しくすることを熟知している文化の存在がほの見えはしないか。        Stylebook on Antique Chairs

さて団塊堂、今日は突然、椅子磨きを思い立って、椅子のワックス掛けをしたのであります。先のブログで話題にした、リベロンのアンティーク家具用のワックスであります。黒水牛の脂ですからケダモノ臭があります。

この、アフリカの椅子など仕上げはプリミチブでツヤなど意識してつくられていませんからザラツイタ表面には埃が目立ちます。ワックスでシットリと艶を与えると彫刻が見違えるように活き活きとしてきます。

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2009年6月 9日 (火)

PRATT GRECIAN LANDSCAPE  CUP & SAUCER

Pratt_001 今回も、イギリスの古い風景画のカップであります。五月にアップしたランドスケープのカップと同じ様な絵柄にひかれて購入した物で、いずれもノーマークの為、二つを比較することで何かが見えてこないかと期待したのだけれど。

Pratt_003 いずれも画のテーマは、以前のブログで書いたように、グランドツアーの影響を受けたギリシァ・ローマ風の廃墟趣味の景観画。以前の物は手描きだったけれど今回は転写。以前の物はボーンチャイナだったけれど、今回は磁器では無く、叩くと鈍い音がする陶器。色も白が足りない。コンディションはとてもよい。さて、送られてきたカップを見て、土が古い、いや予想以上に古いものではないかと小躍りする団塊堂。

ポーターのデザインやら景観画のテーマをもとに、まづ、あたりをつけていたのが、ウェッジウッドの初期の物、少なくともスタッフォードシャーのウェッジウッド周辺の物ではないかと妄想しておりました。1773年、ジョサイアウェッジウッドがロシアのエカテリーナ2世に納めたクイーンズウェアー・フロッグサービスに近い物。クィーンズウェアというには土が悪い、という事はそれより古い物ではないのか? 妄想は天馬のごとく団塊堂の小さなテーブルの上を駆け巡ります。

Pratt_002 さて、転写だから、スポードが銅板転写を発明したのが1784年でありますから、年代がそれ以前という事は消えます。この転写、カラーであります、転写紙が多色刷りされていて、画の左右には版毎の位置あわせの為の点が付けられています。今なら画の外にトンボを入れるはずですが、極めて初歩的な印刷方法であります。ますます、古い物に思え18世紀末という期待が盛り上がります。またまた貴重な物がコレクションに加わったと。

さてさて、なんていう妄想の天馬に鞭打ちながらネット駆け巡りつつ、辿り着いたのがイギリスのスタッフォードシャーのPratt社の物ではないかという推測であります。

Pratt社を検索していて面白いコレクターアイテムを発見しました。1850年代のイギリスの整髪料などの、陶器で出来た容器をPOT-LIDSというのだそうですが、この瓶の絵柄が、今回のカップの絵柄と同じ手の物なのです。

Potlids ポットリッドのコレクターの方に教えて戴いた情報では、「Pratt社はイギリスで1820年頃から1920年頃までpotやlidを製作していた会社ですが、1920年にCauldon Potteries社に吸収され、Cauldon社もCoalport社を経て最終的にはWedgwood社に吸収されてきた経緯があるようです。」という事です。

オット ! ところで当時のイギリスでは、熊の油がジェントルマンの整髪料だったそうで!

Pratt そういえばバウワーのコートのオイルコーティングはアザラシだかオットセイの油だったかで、ケダモノ臭が強くてとてもこれを着て暖房の入った電車やバスには乗れない品物だったし、アンティーク家具の手入れに欠かせないリベロンのワックスブラックバイソンの油だし、ソノウエ整髪料が熊の油だなんて、英国紳士はケダモノ臭ふんぷんであります。ベットの上でケダモノと呼ばれるのは男の勲章だとしても、電車やバスのなかでケダモノと呼ばれるなんてシャレになりません。

Pratt_005 バックスタンプの123という番号から製作年代は1860年前後時代は、19世紀後半という事でどうでしょう。

  • Item: Antique Prattware Cup & saucer
  • Age: Late 19th Century
  • とはいえ、バックスタンプが無いので、お手上げのIWANAでございます。

    追伸。

    このNo 123 こそPratt社の窯印なのだという情報を戴きました。団塊堂かなりスッキリと致しました。

    つづき!!

    今回のブログには、メールで色々と情報を戴いています。

    ポットリッドコレクターの方から戴いた資料の情報では、Prattがウェッジウッドに吸収されてからPrattの版を元に焼かれた物の様で時代は少し若くなるようです。資料の写真のキャプションに従ってタイトルを変更させて戴きました。

    たかだか数千円のカップではありますが、昨夜からアアダこうだと、色々な人と沢山メールの遣り取りをしています。 

    団塊堂、今夜もアアダ・コウダと語りながらシ・ア・ワ・セであります。

    つづきのつづき!!!

    さて、またまた識者からのメールが来ました。どうやらトドメの様です。

    製造がウエッジウッドに吸収後ということは、あり得ません。
    1891年以降は、ENGLAND を書き込まないと関税法に触れるんです。
    しかも英国の関税法って、重罰なんですよ。
    さらにコウルドンがウェッジウッドに吸収される頃は、
    植民地独立問題もあり、MADE IN ENGLANDが必要。
    世界中に販路を持つ「輸出業者」のウェッジウッドが
    ENGLAND を書き込まなかったことは1891年以降一度もありません。
    従ってこのプラットは、1890年以前、それ以後はあり得ないのです。

    今夜は、団塊堂とても充実の夜であります。

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    2009年6月 3日 (水)

    マルコス麻生のクールビズ。

    毎年この時期になると、小泉以来この国の大臣様ご一行が、沖縄の“かりゆしウェア”を着るけれど、さてこれを着ている人、つまり一般市民など見たことなど一度も無いなと思ったら、いいかげんにしろバカ野郎・小池百合子!と今夜も怒りに燃える団塊堂であります。

    Kaliyushi_002 さて、この写真でまず、笑って戴きたい。麻生自民党総裁を以前から誰かに似ていると思っていたけれど、この麻生の“かりゆしウェアのクールビズ”姿でようやく判ったのです。あのフィリピンのマルコスではないか!そっくりではないかというとマルコスと麻生を比較するなんてマルコスにとても失礼かもしれない。

    Kaliyushi_001 さて、ソノウエに、舛添の“かりゆしウェアのクールビズ”姿など貼り付けたら、この国は、ほとんどフィリピンではないかなどと、随分フィリピンに失礼な譬えだけれど、なにもかも無茶苦茶で、とりわけ政治家が無茶苦茶で、相変わらず愛すべき娘たちを世界の夜に輸出したり、中東の工事現場に男たちを輸出している、政治が駄目なアノ国を連想してしまうあたり、自民党の今日はフィリピン並みだと言ってさしつかえないと思う。が、何か?

    極めつけは、自民党の細田幹事長様。ブルーの開襟の、かりゆしウェアに、赤いネクタイをして腐ったウンコみたいな上着を着て現れたりするから、マジで団塊堂飛び上がってしまいました。いくらなんでもソレはないでしょう。ほとんど狂気ですよ自民党幹事長の細田って。

    団塊堂は、ファッションについては、厳しい見方をしていて。ファッションをバカにする奴は馬鹿だと思っていて、「見た目」はその人間が持つ「総合力」が現れていると思っていて、あたかも自民党の見識のごとく登場してコメントする細田というのは、ほんとうは、あのトンデモナイデタラメな“かりゆしウェアのクールビズ”姿の様に人格が破綻していると感じてしまうのです。そして麻生も舛添も自民党もフィリピン並みだと直感し、その判断は正しいと、間もなく還暦の人生を省みて思うのてす。

    できれば、麻生様にも舛添様にも、その“かりゆしウェアのクールビズ”姿で、日本中を選挙演説に飛び回って戴きたいと思う。麻生政権の本質がとても良く伝わっていいと思う。そして自民党に任せていたら、そのうち日本もフィリピンだよと、御バカな自民党支持者の皆さんにも判って戴けるとおもう。

    さて、さすがの自民党も、麻生では選挙を戦えないので、次は石原ノブテルだそうです。都合が悪くなると、どんぐりの様に目を吊り上げて黙ってしまうオボッチャマの石原君だそうです、世も末であります。北の世襲を笑えません。

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    2009年5月31日 (日)

    岐阜・加納ほたる祭り。

    Hotaru_003  県庁所在地の都市の真ん中でホタルが乱舞なんて、オイオイ岐阜って田舎だよね!って笑われそうで、近頃、東京なんぞでは、お天気やら台風の情報なんかでは、飛騨高山の赤い橋なんかが中継されて、岐阜といえば山の中の高山なんてイメージで、すっかり岐阜人は“サルぼぼ”にされちまって、違うんだよ岐阜市ってのは濃尾平野に位置する人口40数万の都市で、周辺人口も併せれば100万近い商圏なんだよって事を、まずもって押さえておきたい。

    Hotaru_009 というわけで、田舎なれどもソコソコ都会の岐阜市の43階建ての超高層ビルを見上げるJR岐阜駅のすぐ近くの、加納・清水川緑地公園の「加納ホタルまつり」が昨夜あったわけで、もう十数年つづく催しなんだけれど、団塊堂、はじめて出かけたのであります。出かけたと言ったって、我が家から数分の距離で、清水公園といえば団塊堂が子供のころから縄張りで、石ころだらけの公園で三角ベースにいそしみ、チョッとやそっとのヒットでは球が外へいかない広い公園で、自転車の練習もここでしたし、ザリガニ釣りなんかも、したけれど、ホタル?なんて居たのかな?って感じで岐阜市が岐阜駅周辺の再開発で公園をズイブンお金をかけて綺麗にした際に、清水川というキレイな川があり、公園をホタルが生息する公園になんて事を言い出した人がいて、オイオイ無理いうなよ、街の真ん中でホタルが生息出来る“真っ暗な公園”なんぞ造られたら治安もなにもあったものではないだろうと疑問を感じていたのだ、だからビオトープのある辺りは不自然に真っ暗で普段は変で、そして当然ビオトープはロマンで終わっているみたいだけれど地区の小学生が小学校で一生懸命ホタルの養殖をしていて、そのホタルが祭りに合わせて放たれるようなのだ、偉いのは、この小学生で、当日偉そうに東京から選挙区に駆けつけた東京生まれの東京育ちで、アゴを突き出して偉そうに挨拶する主婦感覚からは程遠い消費者庁長官ではないのだ。

    さて、興ざめな大臣挨拶は失笑ものだけれど、まあ、乱舞とは言えないまでも数十匹のホタルが舞い“ほたる祭り”は成功であります。なにより駅の近くで凄い人出ではあります。祭りは終りましたが、当分は楽しめそうです。団塊堂のコンパクトデジカメでは、美しいホタルが写りませんが、今夜も団塊堂カメラ片手に楽しむつもりです。暗い公園でカメラ片手のオジサンがいても怪しい者ではありません。どうぞご理解を願います。

    街の真ん中の公園でホタルがみえる。岐阜って悪くないぜ。

    Hotaru_008

    ホタルは、今夜も沢山見られました。

    尚、ホタルは公園東側の“ホタルの杜”あたりで見られます。清水川沿いでは見られません。

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    2009年5月28日 (木)

    MITTERTEICH BAVARIA GERMANY TEAL GOLD TEA CUP

    090527_003 ドイツの思想家といえば、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ。文学者といえば、ゲーテ、シラー、トーマス・マン。音楽家といえば、バッハ、ブラームス、ベートーヴェン、ワグナー。そして歴史的に見ても宗教改革のルターにはじまって宰相ピスマルクやらヒットラー。ドイツ精神文化は際立って特徴的である。

    090527_001 さて、今日のお題はドイツ・ババリアの日常的な陶器メーカー・ミッタータイヒのカップであります。

    生活というのは美しくありたいと思う。コガモのシッポの様なハンドル、スッと開いた器形、中国の物まねでもなく、ウイーンの貴族文化の写しでもなく、素朴なドイツがあり、しかし常に改革的であり革新的であったアバンギャルドなドイツがあり、見込みに描かれたドイツの蔓バラもいかにもドイツ的であり美しい。

    この特徴的なフォルム、以前紹介したベィヤー&ボックのアバンギャルドなカップと同じ物。さて、こんなスタイルが結構一般的なドイツって面白いと思う、オークションにも時々登場する。ブルーノ・タウトの建築やらドイツの“近代”は興味の宝庫だ。

    090527_002 ドイツといえばビールと言われるけれど、ドイツで最も多く飲まれている飲み物はコーヒーなのだそうです。ドイツ人は朝食のみならず午前十時、午後三時ごろにコーヒータイム(Kaffeepause)があってコーヒーを良く飲む。17世紀頃までドイツでは朝からビールを飲むといった習慣があったけれど、宗教改革の結果ピューリタンはアルコール浸りの風習を排し、ビールにかわる物として当時流行しつつあったコーヒーの導入を勧めたという。

    こうしてみると、中世から近代現代に至る社会の変化の種は総てドイツから飛んできたような感がある。しかもドイツは第一次世界大戦も敗戦国でありご存知の様に第二次世界大戦でも敗戦国であり、いずれの大戦でも驚く程の賠償金を払わされ徹底的に国土は破壊された、しかしドイツは不死鳥の様に甦り、そしてベルリンの壁の崩壊は総ての共産主義者に最後通牒を渡した。

    Mitterteich_002_2 いまから、約90年前、第一次世界大戦時、四国巡礼の一番札所の鳴門の坂東に、青島の戦いで俘虜となったドイツ軍俘虜千人を収容する俘虜収容所が作られた。ドイツ人俘虜と地元徳島の人々の間に生まれた深い交流の様子は「ドイツさん」原田一美著 発行所 未知谷 に詳しく書かれ、素晴らしく感動的だけれど是非お読みいただきたい。

    と、そんなこんなで支離滅裂だけれど、まあそんなこんなを含めて、そんな時代のドイツのアンティークカップを眺めながら坂東の土となった「フッペ」の事やら「栄蔵とお琴」の事なんか想いながら今夜も更けていきます。Mitterteich そういえばドイツに美しい医者の友人が居る友人が「ベルリンの壁の破片」をくれて、これをブログに一緒に取り上げろというけれどマスマス支離滅裂ではないか?写真だけでお許しを。

    Mitterteich_001_2

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    2009年5月24日 (日)

    前韓国大統領の死。

    090524_002 家の近くに、とても小さな碑をひとつだけ残してほしい。ずっと考えてきたことだ。

    ノ・ムヒョン韓国前大統領の遺書の言葉です。

    さて、むなしい。ひとつのロマンではあった。いささか甘すぎる太陽政策ではあったし、反米・反日の政策も行き着くところは理性を欠いた偏狭なナショナリズムを煽っただけだと思う。

    激しい国なのだと思う。政権交代の度に前大統領は塀の中にはいり、周辺の官僚は国外に移住する。しかし、汚職と蓄財を問われてもしっかりと財を抱えたまま畳の上で往生できる我が国に比べたら、正義が生きている国だと言えるかもしれない。

    あの、のどかな李朝芸術の美しさと韓国の今をどうつなげたら理解できるのだろうか。

    しかし、未曾有の不況を盾にグスグズと生延びる阿呆の麻生やら、豚インフルエンザを延命キャンペーンに使う騒動師のマスゾエが大きな面をしてノサバル、この国よりは、引き際を知る、かの国の政治家の方が少しレベルが上だと感じるのは、少しロマンチック過ぎるだろうか。

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    2009年5月19日 (火)

    ANTIQUE NAPOLEON PAINTED FRENCH PORCELAIN CUP & SAUCER

    Napoleon_005_2 イタリア半島の西側に浮かぶコルシカ島は、ナポレオンの生地。ナポレオンはイタリア人なのであります。

    ナポレオンは、アレキサンダー大王、ハンニバル、シーザーより数多く戦闘し、勝利した。ナポレオンの戦略は、「偽騙」と「迅速な機動」が総てであり、偽騙によって敵に相対的に勝る戦闘力を集中し、迅速な機動により効果的な戦力の配置と物資の徴発を容易にした。

    簡潔に言えば、定型的で形式化し様式を整える中世的な騎士の戦争から、ナポレオンは、知略による機動的で戦略的な近代的な戦争を展開する事により、ロシアとイギリスを除き中東からほぼ全ヨーロッパをフランスの支配下に置いた希代の戦争家であり、世界史的には19世紀前半を「ナポレオンの時代」と区分する、目覚しいフランスの時代を築いたわけであります。

    さて、ナポレオンは、フランスの支配下のイタリアの小地主の小倅であります。フランスの市民革命の革命戦争の混乱のなかで、皇帝を打倒するはずの市民革命を乗っ取ってわずか三十年の歳月で権力の階段を駆け上がり、皇帝に成り代わってしまった謂わば「国盗物語」の斉藤道三なのであります。

    Napoleon_002_2  とはいえ、ナポレオン法典やら政治制度、経済システム、大学制度など彼の強い意志によって短期間に確立されたシステムは、ナポレオンをただの野心家の軍事独裁者として葬り去る事を許さない。 

    ・・・・・・なんて事を、いろいろとパクリながら書いてみると、このナポレオンの紋章を戴くカップが光り輝いてくる。

    今夜の団塊堂のコレクションルームは栄光に満ちて、ひととき暮らしの貧しさを忘れさせてくれる。なんて事を書くと、なんという嫌な奴だと、また友達をなくしそうだけれど、そうではないのだ中島さん。今の俺は貴兄とそんなには違わないないのだよ、たまにはメールなんぞ寄こせよと、ひとりごちつつ今夜もロマンの旅のIWANAであります。

    この王冠にNのマーク、ナポレオンの紋章であります。セーブルの様でセーブルと書かないところがミソであります。そしてナポレオン第一帝政期の鷲の紋章。皇帝時代のナポレオンが好んで着た、王家の青の近衛連隊長の制服姿。この絵なかなかに美しく、男の色気があります。この肖像画の美しさに惚れて購入した物であります。使い込まれたハンドルの金彩のスレも時代があります。欲をいえば、金彩は更に緻密な金盛りであるべきでありますが、それならばセーブル美術館へ行けといわなければなりません。

    Napoleon_001 さて、ナポレオンコンプレックスなどという不名誉な言葉があります。ナポレオンは、身長160センチにも届かなかったということですから、そのコンプレックスが無かったとは言えません。しかしヒットラーもまた小男だったようで、世の中には「ウドの大木」などという言葉もあってドッチモどっちであります。

    ちなみに左の絵は、晩年、大西洋の孤島セントヘレナ島へ流されたナポレオンが、回想録をグールゴ将軍に口述筆記させる姿を描いたものです。ナポレオンが゛、どこかの街の駅裏のフィリピンパブの店長さんのようでもあります。

    人生なにから何までそんなにカッコよくいかないものであります。ナポレオンの死因は胃癌という説もありますが、この下腹の突き出たあたり、やはり部下による砒素による毒殺という説を信じるのは、団塊堂が小説かぶれだからかもしれない。Napoleon_003

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    2009年5月16日 (土)

    民主党代表選挙。鳩山代表選出。

    0905016_006 11日の小沢辞任から5日後の代表選挙と慌しい事となったけれど、麻生の阿呆の奇襲解散が予想されていて、代表未定のまま選挙戦突入という自民党の謀略をかわす為、キャンペーンとしては勿体無いけれど、やむなく短期決戦となった民主党代表選挙。

    0905016_001_2 さて、民主党もズイブンと重厚な党になったものだと思う。あの自民党党首選挙の、イシバの軍事オタクやら、チャラチャラしたスシと呼んで女やら、顔色の悪い病人のキミシヌタモウコトナカレの与謝野やら、最悪がヤクザ口調の麻生だったあの自民党党首選挙に比べたらナント重厚で落ち着いて実質的な政策が深く語られた代表選挙だっただろう。

    0905016_004 鳩山・岡田両氏とも、冷静で自信にあふれ、しかし危機感に溢れた演説であった。なにより会場を見渡すと、いずれも信頼にたる議員ばかり、あの自民党のピンクのスーツを着たオカマかレスビアンか判らないようなゲテ物代議士などが居ないのもさすがだ。

    両候補とも、小泉改革を「弱者切捨て」と断罪し、そして緊急の課題はセーフティネットの充実。無能の自民党長期政権によってもたらされた官僚支配の打破だとした。けっしてポピュリズムに陥ることなく冷静に現実的に討論された。これなら、勝てる、どちらでも勝てると思ったのは団塊堂だけだろうか。

    結果、鳩山氏 124票。  岡田氏  95票。

    0905016_002_2 さて、勝った鳩山氏は「おおきな日本の大掃除」だと呼びかけた。

    豚インフルエンザが麻生を救うとばかり民主党代表選挙の中継に合わせて記者会見をぶつけてくるマス添えやら、財閥のオボッチャマのくせに愛人と議員パスで旅行するような、ウラヤマシイやらセコイ奴を、日本から追い出す「日本の大掃除」がはじまる。

    それにしても偏向NHKは、BSに追いやった民主党代表選挙の中継を更に中断してマス添のハゲアタマを映すあたり、その意図するところが余りにもミエミエでご立派でした。でもマス添のお粗末をタダタダ感じただけですと申し上げておきます。

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    2009年5月12日 (火)

    絶妙の民主・小沢辞任。アホの麻生・唖然。

    「僕ちゃん辞めた」といって政権を放り出した安倍還元水やら絆創膏福田ちゃんなど良い奴だったけれど、こんなのやってられないよって政権放棄のやはりオボッチャマで、麻生ときたら本当にバカで、漢字が読めないから漫画を読んで、右翼漫画を真に受けて歴史を語ったりするから噴飯もので、ともあれ生まれは良いけど決定的に育ち方が悪いので、爺様の吉田茂まで恥を掻かせてしまって、オット!あの北海道のバカ右翼の中川のアル中会見は自民党の今日この頃を世界に知らしめてくれて、日本人は大恥かいたのたけれど。

    未曾有の世界不況のお陰で、バカの麻生は、バカの一つ覚えで、未曾有未曾有と繰返す度に、どんなバカな自民党支持者だって、こいつ「未曾有の世界不況」を良い事に不景気をクイモノにしやがって、こいつが癌だって誰もが思い始めたとおもう。口だけ野郎の舛添なんぞ、まるで豚インフルエンザが麻生を救うとばかりに、厚生省の課長あたりでいいような記者会見までシシャリデテ不愉快極まりない、オマエ年金問題すっかり逃げていないのか!ってハゲアタマに一発かましてやりたい今日この頃だけれど。

    団塊堂が素直には支持できなかった民主党・小沢党首が辞任表明して、これで心から民主党を支持出来ると、目出度しメデタシなのであります。

    090509_002 さすが小沢一郎であります。百戦練磨の小沢一郎であります、衆議院議員の任期満了の九月十日までアト四ヶ月、絶妙のタイミングであります。キャンペーンやらプロパガンダは、団塊堂はプロであります。人生六十年少し足らずでありますが、私の専門分野であります。四ヶ月というのは、キャンペーンの期間としては最高なのです。

    さて、昨日今日とテレビで見る麻生の表情は、目が泳いでいます、とんでもない状態になってしまった、民主党の党首交代で、自分の居場所を失ったのは、麻生なのであります。国策捜査で小沢を追い落としたけれど、ならばドウよと、民主党が「企業・団体献金の禁止・世襲の禁止」を持ち出した、これが実現したら自民党なんてお風呂のカビにカビハイターかける様なもので、三分待たずに消えてしまいそうで、その政治改革の取りまとめ役が民主党・次期党首候補の岡田克也ときたから、さて、もう自民党の崩壊は見えてきた。アホの麻生も喧嘩は上手で、形勢は読めるほうだから、目が泳ぎ心はウツロ。さて、ココ当分マスコミは、民主の代表選一色、その後は嫌でも選挙一色、選挙の事前キャンペーンの重要な時期は、総て民主に取られてしまうわけで。ザマーミロ麻生って事なのです。

    さて、この間、民主の顔を続けた、鳩山兄の信頼度は極めて高いし、政治改革を纏めて万全の態勢を整えた岡田克也には大きな期待が出来る。いっそ年金問題の長妻昭というウルトラCなら議席の八割確保だって難しく無いだろう。

    さあ反撃だよ民主党。

    腐りきった利権の自民党、バラマキのカルト宗教、世襲のバカ議員ばかりの自民、宗教で脳ミソ遣られた政教一体の公迷。日本の癌を切取るチャンスなのです団塊の皆さん。

             今夜の団塊堂、ひさびさのマッカランの水割りで戦闘モード。

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    2009年5月 9日 (土)

    クールビズのダサ~ィ、ボタンダウン。

    090509_001 微妙な襟先のラウンド。ブラケット・フロント(表前立て)、カラーの後ろ正面もボタンでで留める。ボタンホールは必ず横に切る。背中のプリーツはセンター・ボックス・プリーツ、その上端にはハンガーループを付ける。ボタンは四つ穴で糸はクロスがけ、洗濯後は糊は使用しない。そして生地はザックリとしたオックスフォード。アイロンだって軽めに。

    これこそが神・石津謙介が提唱したVANのボンダウンであり、日本の服飾文化に偉大な革命を起こしたVANジャケットのボタンダウンなのであり、最近知ったのだが、これはブルックスブラザースのボタンダウンともJプレスの物とも明確に違い、VANがその後提携するGANTのパターンだったと知って、高校時代は学生服以外は下着からコートまで総てVANだったIVY小僧の団塊堂としては、感慨ひとしおだけれど、ほとんどの皆様にはなにも関係ない話だけれど、近頃のクールビズの襟の高い黒やら青の下品なボタンに、ステッチまで色糸で入れた、田舎者風のクールビズのシャツについて皆様はどう、お思いでありましょうか訊いてみたい今日この頃です。

    さて、アノ手の下品なシャツは、我々、団塊の世代以前の「田舎の洒落者」の世界に有った物で、俗にハイカラーといわれた、ハリウッド映画のパーツをチャランポランに取り入れた田舎伊達であり、我々団塊の石津教徒の打倒すべき悪趣味な物でありました。

    ことしもまた、クールビズでアノ手のシャツが街に溢れるのでありましょうか。あれはいったいなんなのでありましょう。アノ手のシャツは昔は田舎のスーパーか、商店街の洋品屋さんでしか売られていない物でした。

    アタマは悪いけれど、センスだけは血を引いたデザイナーの愚息は、アノ手のシャツは一枚も持っていないようです。さすがです。

    と・・・、言いつつ、我々団塊の世代のIVYファッションは、この様な教条主義ゆえに、後継者も無く途絶えたのでありますが。我が家のアイビーは昨日の雨で新緑が美しく育ってまいりました。相変わらず石津謙介は私の「神」であります。

    「メンズ・クラブ」に始まり 「チェックメイト」 「Made in U.S.A」 「ポパイ」 「アメリカ西海岸の本」 「ホットドッグ・プレス」と続いた団塊の潮流は「レオン」「ブリオ」「ウォモ」と今に続いています。これらはいずれも「カタログ雑誌」と言われるものですが、物へのこだわりこそ、団塊のシティ・ボーイの本領であります。

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    2009年5月 5日 (火)

    English Softpaste Landscape Painted Cup & Saucer

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    小豆色のペイントに大きめのメダリオン、金彩のボーダー、マイセン風の、あるいはウイーン風のデザイン。ランドスケープはピクチャレスク・イギリス式風景庭園を思わせる風景画が手描きされている。デザインの着想はマイセンやらウイーンでも、全体は間違いなくイギリス的である。

    さて、豚インフルエンザの今日この頃、しかしゴールデンウィークど真ん中で、今年も海外海外とヤカマシイけれど、海外海外と海外に出かける学生を見て、海外旅行をしたところで、「ロバが馬になって帰ってくるわけではない。」と言い放った評論家がいたが、18世紀のヨーロッパでは貴族階級の子弟教育見聞のためヨーロッパ諸国への旅行が流行した。

    090420_003 GT 、つまりグランド・ツアーと呼ばれる大旅行の事で、多くはイタリア・ギリシャをめざした。ロバは馬にはならないけれど、金にあかせてギリシャの遺跡を持って帰ったり、ローマの神殿を国に帰って再現したりはできる。ギリシャ神話やローマの美術は、ヨーロッパ貴族のグランドツアーを経た者のアイデンティテーでもあるかのように、貴族的教養の中心とな.る。ロバが馬となったかのように。

    18世紀のイギリスに於ける、ゴシック風の廃墟趣味庭園の流行です。カントリーハウスの広大な庭園の遠景にローマの神殿風の廃墟を配し、ガセボの周辺にギリシアの彫刻を配す。美の民族フランスを、イギリスが庭園で上回った瞬間です。

    090420_004 18世紀から19世紀半ばまでのイギリスのカップは七割がた裏印がありません。このカップも裏印はありません。その時代の物でしょうか。放蕩し放題の王様の生活を支える重税から逃れる為、各窯元は売上を捕捉される事を避ける為マークを付けずに売ったという説があります。大陸のマイセンやセーブルが官立の窯で、王侯貴族を客としていたのに対し、イギリスの窯は産業革命によって豊かになった市民階級を対象としていた為、ブランドに捉われる事無く、実質重視だったとの見方もあります。

    090420_005 このカップ、ソーサーの裏には4438という番号が入っています。絵師の番号でしょうか、あるいは44か38が年号であるかも知れません。いずれにしても19世紀のスタッフォードシャー地方で焼かれた物の様であります。

    セーブルやウイーンのように洗練しきれず、どこか武骨なイギリスの物。この赤に、ロンドンのナショナルギャラリーの何処かの部屋の壁紙を思い起こしたのだけれど、遠い日の事で不確か。

    と、ここまでは、既に一週間以上前に用意していた原稿だけれど、心情的には少し変化があって、というのも先日の京都行きの高麗美術館の印象があまりにも強烈で。このブログの軌道修正、いやコレクションのあり方、暮らし方など夜通し考えていて、朝になってしまいました。

    このカップなど、団塊堂的には、最もテイストに合っているわけで、お気に入りの物なのですが。

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    2009年5月 3日 (日)

    京都・高麗美術館と李朝喫茶「李青」。

    Koryomuseum_001_2 素晴らしい美術館です。決して大きな美術館ではありませんが、民間の素晴らしい美術館です。とても感動致しました。

    Koryomuseum_006 朝鮮の工芸は、民芸派の工芸家の憧れであり、文人趣味の最たる物です。ゴールデンウィークでヤカマシイ世間ではありますが、少し静かに美しい物に触れたくて、名所旧跡はワザと外して、京都・高麗美術館と李朝喫茶「李青」を訪ねたのであります。なんと趣味の良い団塊堂でありましょう。魯山人を気取ってベージュの綿のスーツで。

    Koryomuseum_002 たとえば、海外旅行で、中国人に間違えられたり、韓国人に間違えられたら、少しムッとするのが大方の日本人です。しかし、そうであれば、我々は中国人やら韓国人との違いを説明できるのかと言われるとハナハダ困難であります。トヨタやらソニーを持ち出す事無く、文化についての相違を本当に説明できるかと言われると、ハナハダ困難であります。

    もちろん、皇室の祖を渡来人に持つ「純粋な日本人」の団塊堂でありますから、朝鮮の古物に触れることは、我々はいったい何者なのかを探るルーツ探しでもあります。Koryomuseum_007

    この美術館は京都の在日朝鮮人 鄭詔文のコレクションによって構成されていますが、鄭氏は朝鮮独立運動家を父親に持ち、尚且つ、その父を早くに亡くし、在日朝鮮人として辛酸をなめながら、やがて成功をおさめた立志伝中の人物です。

    Koryomuseum_004 しかし彼は、四歳までしか朝鮮はしらず、彼にとって朝鮮は、差別される日本の彼方の国でもあったわけで、自らのアイデンティティを探すには、手に入れられる物から探すしか無かったわけで、しかしそのコレクションは、政治的プロパカ゜ンダより強烈に民族の素晴らしさを雄弁に語るもののように団塊堂は思うのです。

    過日のブログのゴーギャンの名画のタイトルを借りれば、高麗美術館は在日朝鮮人にとって“我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか”の答えであり、我々日本人にとっても“我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか”の答えであるような気がします。

    Koryomuseum_011 さて、高麗美術館からタクシーで千円の距離にある李朝喫茶・李青、素晴らしい世界であります。Koryomuseum_010 何もかも李朝の美に浸りたくて伺ったのですが、最高に美しいのは女主人の鄭さんです。いかにも京都でしか出会えない京美人であります、と書いて、オット! 鄭さんは在日で高麗美術館の故 鄭詔文氏の娘さんであります、妙齢の。

    我々は何者か?

    どこへ行くのかはわからないけれど、鄭さんの様な京美人となら、どこへでも一緒にいきます。貴女とは時間差はあったけれど同じ様なところから来たのだと思います我々も。 

    高麗美術館 http://www.koryomuseum.or.jp/

    李朝喫茶 李青 http://r.tabelog.com/kyoto/A2603/A260302/26001028/

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    2009年4月29日 (水)

    幻のウィーン窯 本物降臨。「Wiener Porzellan Tasse mit Vels und Vogel Malerai」その弐。

    Viennese_porcelain_010

    さてドイツ語がお判りの方は、前回のブログのタイトル「Wiener Porzellan Tasse mit Vels und Vogel Malerai」     Vogel = 鳥

    果たして何処に「鳥」など居るのか?と思われたと思います。

    団塊堂も発見まで一日かかりました。まずは、和田先生のメールをお読み下さい。

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    Viennese_porcelain_014 この絵はVels und Vogelといいます。フェルス・ウント・フォーゲル。
    英語だとRock and Bird、岩に鳥、です。

    ウィーンをブログで拝見しましたが、金のカスレもなく
    すばらしい保存状態ですね。
    Viennese_porcelain_013   カップ反対側に鳥がいますね。
    染め付けでは羽毛のギザギザまできちんと描いてるのに、
    ハウスマーラーはわからなかったのか、無視したのか、
    鳥の上にも金で花を描いてます。
    この不一致がいいのです。
    あくまでも花を描きたかったのか、あるいは「本歌」としてのVogelを知らなかったか、興味は尽きません。
    鳥がいるけど、花のカップにしたかったんでしょう。
    私はそこのおもしろさに一番注目しました。
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    Viennese_porcelain_015_3   さて、この絵柄、マイセンにもあり、当時、流行した柄という事が和田先生の「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」の62ページにかかれていますが、その本歌とも言うべき、柿右衛門の岩牡丹などマイキャビネットからご紹介して、今夜も、さりげなく御自慢の団塊堂であります。

    柿右衛門の「岩」など中国の太湖石そのものであり柿右衛門もまた中国のパクリであり、ああだこうだと、めぐり巡って今夜も地球一周の団塊堂でもあります。

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